双眼鏡を修理するその3 光軸調整その2へ戻る / back to part.2 
人間や猫のような高等動物は,両目が左右平行についている。 
だから双眼鏡の左右の視界も平行に保たなくてはならない。 
カメレオン用の双眼鏡では困るのだ。 
 
軸出しとは?「双眼鏡は自分で修理するな」 
と言われる理由の一つは,左右の視界を一致させる「軸出し」と呼ばれる調整作業が非常に難しいからだ。 
 この軸出し調整が不完全だと,目を傷めるため,JIS規格では,「光軸平行度」と呼ばれる尺度で厳しく規定されている。 
 別表に抜粋を掲げたように,倍率が高くなると,どんどん厳しくなる。(JIS  A級 光軸平行度の抜粋) 
 光軸と言っても,天体望遠鏡で性能を出すために行われる「光軸調整」でのそれとは少し意味が違う。 
 大半の双眼鏡は,左右の視界を一致させるために,むしろ光軸をわざとズラして合わせることになる。 
 双眼鏡の光軸が「視軸」と呼ばれたり,単に「軸」と省略される理由は,光学的な性能を出す「光軸調整」との混同を避ける意味もあるのではないだろうか。 
 この辺に関しては,「月刊天文」誌上で双眼鏡の連載記事を書かれている中島隆氏が一言でズバリ言い切っている。 
「双眼鏡には視軸があって,光軸がない」 (月刊天文1994年9月号 「天体用双眼鏡の選び方」) 
 
平行器人間の目は多少の軸ズレがあっても無理に合わせてしまうため,双眼鏡の軸出し調整には向かないだろう。 
JISでも,軸出しは光軸検査機か平行器を使って行うことになっている。 
光学会社や双眼鏡ショーで,このFUJINON製の光軸検査機を見かけた方も多いのではないだろうか。 
光軸のみならず双眼鏡のJIS検査項目がほとんど測定出来る万能機だが,値段も高く,乗用車1台分に匹敵するらしい。 
そこで平行器を使うことになる。これは,個人でも買える値段とのこと。 
平行器 
平行器とは,左右の窓から取込んだ像を内部のハーフミラーで一つに合成するもの。 
左右の像が平行でないと,像は2つに分かれて見える,というもので,カメラのレンジファインダーと似た構造である。 
 
買えば,10万円くらいするらしいので,今回は自作した。(平行器の製作記事はこちら) 
 
軸出し作業~粗調整平行器を使う場合,500m以上離れた物体を使うことになっている。 
近い物体だと平行では無くなるからだ。 
遠くの物体が無いかと探し,ベランダから見える鉄塔を使うことにした。 
 
左の写真は,双眼鏡の視界を実際に撮影したものだ。 
中央に見える高圧線の鉄塔は,1500mほど離れおり,ちょっと小さいが使えるだろう。 
7倍の場合,JIS A級で許容される軸ズレ量は 
 
左右ズレ:内方14分 外方7分 (内方とは寄り目,外方とは離れ目) 
 
上下ズレ:5分 
 ズレ量を判断するには,物体の視角を知っておく必要がある。 
これは視度望遠鏡で測るか,物体の大きさと距離から計算して求める。 
今回選んだ鉄塔の幅は,約0.2°(=12分)に相当する。 
つまり視界に小さく見える鉄塔一本分のズレ量を問題とする世界なのだ。 
JIS A級とは普及品であり,AA級より一段甘いのだが,それを守るのでさえ いかに厳しいかを実感させられる。 
双眼鏡に平行器をあてがい,左右の鏡体に各2カ所にあるイモネジを使って視軸ズレを調整していく。 
 
 眼幅を70mmに設定して,まず大体平行に合わせることを目標にする。 
 内方20分ほどのズレだが,像倒れが発生している。 
 この双眼鏡は軸出し調整中に,よくこの状態になってしまった。 
 この場合はプリズム直交調整からやり直しとなる。パテがかなり固まってから軸出しに入った方が良いようだ。 
左右は15分くらい,上下は5分くらい。これならまあまあだろう。 
 ただ,この時点では,あまり無理して追い込む必要はない。 
 
軸出し作業~最終調整 鏡筒が平行移動する方式ならば,眼幅70mmで合わせてしまえば眼幅を60mmに変えてもほぼ平行が保たれているだろう。 
 だが,中心軸をはさんで鏡体を回転させる方式の双眼鏡では,そうは行かない。 
 眼幅70mmで大体軸が出てきても,眼幅60mmに変えれば,たちまち平行は崩れる。 
 眼幅60mmで合わせれば,今度は70mmでズレている。初日はここで挫折だ。 
 これは視軸と中心軸が平行にならない限り必ず発生する幾何学的な問題と言えるだろう。 
 たとえば,これは左右の視軸は平行だが,中心軸に対しては左へ傾いている状態。 
 
 このような状態で,眼幅を変えると平行が崩れる様をCGアニメで示した。  
(分かりやすくするために視軸=鏡筒として書いてある)
   視軸調整とは,左右の視界を「見えない中心軸」に追い込んで行く作業に他ならない。 
 闇雲に左右の視界を重ねているだけでは,堂々巡りになる。 
 そこで,眼幅を変えた時に発生する軸ズレを解析して表にしてみた。(軸ズレと眼幅調整の関係) 
 この表と,軸ズレの様子から状態を推定し,追い込んでいくのだ。 
 くじけそうになりながら,これでやっと許容差に納める事が出来たようだ。 
眼幅70mm時:左右は12分くらい,上下はゼロ 
眼幅60mm時:左右は5分ほどで上下はゼロ 
 ここまで来れば,峠は越えたと言える。 |